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最後の一枚。

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振り返れば50年
戦前に親父が働いていた 大阪の大きな酒の卸問屋に勤める先輩から
「大阪で商売をやらんか?」と声がかかり
丹波の田舎から 何も知らない世界へと 家族4人飛び込みました。
場所は西成、飛田新地の中にある大きな大衆酒場(立ち飲み4~50人)
店の2階の一室で寮生活 三か月の特訓が始まりました。
両親は朝6時に起きて仕込み 9時に開店
朝から客が飲みに来ます。
夕方には近くのドヤ街から労働者が詰めかけ連日超満員
酒癖の悪いのが何人もいて喧嘩もしょっちゅう
中には腹巻にドス(短刀)を忍ばせて飲む人も・・・
私も専門学校に通いながら6時から10時まで
皿洗いや接客もやりました。
12時閉店すべて終わるのが午前2時過ぎ
毎日3~4時間しか眠れず 月に一日の休み
三か月後には加島に店を開店
初日から酒の無料券を配って超満員
家族一丸となって自分の店にするため(頑張れば買い取れるのです)
必死でした。
高度成長期の波にも乗れ繁盛しました。
居酒屋チェーンのはしりでした。
丹〇屋チェーン→大型居酒屋百〇チェーン→枝分かれして酔〇伝チェーンと
全国展開しておられます。

私は親父に「店を手伝う でも10年後には食堂にしても良いか?」と
親父も渋々了解してくれていました。
結局親父が倒れるまで・・・20年後になりました。
親父が入院して母が付き添いで病院で寝泊まりしていたので
初めてパート募集をして来てくれた女性と二人で
メニューはとんかつだけで始めました。
その後 うどん、丼、ハンバーグ、ビーフステーキ、スパゲティ、散らしずし、カレー、・・・
近所に駅ができてマンション建設などでお客さんも増え
繁盛したころは 昼6人 夜3人の従業員で営業していました。
しかしその後 工場が縮小、倒産、など働く人が少なくなっていきました。
私の店も縮小、縮小、と・・・
成長しているときは楽しいものですが 衰退していくのは辛いものですね。

閉店を決めて 娘は泣いてくれました ママはようやく決断してくれたという
思いでしょう 私は来るべき時が来たと・・・
さあ~これからどうしょう?
前向きに進むしかない
健康だけは お願いします。
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No title

カギコメ さん コメントありがとうございます。
こんな店でしたが惜しんでくださる
お客さんに見送られて終わりました。
これまでも節を何度も経験してきているので
一つの節と捉えて次の節を目指して
歩んで行きます。
ブログは娘へのメッセージであり
遺言でもありますので
続けていきたいと思っています。
これまで同様よろしくお願いします。
良い年をお迎えください。

No title

長い間お疲れさまでした。
それでも今後のご活躍にも期待しております。
ブログも楽しみにしています。

No title

ねっぱむら さん
新年おめでとうございます。
娘が独り立ちするまで
後10数年は頑張らないと・・・
ねっぱむらさんは
お兄ちゃんの卒業、就職、おめでとうございます。
弟くんが社会人になられるまで
後数年ですね。
お互い疲れ過ぎないように・・・
がんばりましょうね。
今年もよろしくお願いします。

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Author:GGgohan
振り返ってみれば、
いつも人とは違う人生を、
歩んできたようです。

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